映画「解夏」の感想やネタバレ!

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「解夏」の制作年度

2004年

2011年春にレンタル視聴

「解夏」のあらすじ

大沢たかおさん演じる小学校教師が、ある日突然目に違和感を感じ、病院を受診すると失明する病気であると告知される。

絶望の中で、結婚を考えている石田ゆり子さん演じる恋人に別れを告げて、生まれ故郷である長崎へと帰る。

失明すると分かって、生まれた土地である長崎のことをもっと知り、その風景を目に焼き付けておきたいと思ったのです。

そこに別れたはずの恋人が、彼を心配してやってきます。

その後は、恋人と一緒に病の体をおして、長崎の町を歩いて色々な風景を見て回ります。

その時に訪れたお寺で、出会った僧侶に「解夏」という言葉を教わります。

「解夏」とは、仏教用語で夏に行う安居という修行が終わる時を意味します。

その後、病の恐怖や失明を受け入れることの難しさが影響し、恋人に酷い言葉をかけてしまう主人公。

しかし、一緒に生きていきたい人は彼女しかいないと東京に帰ってしまった彼女を迎えにいくのです。

そして、最後、失明という彼にとっての「解夏」の瞬間がやってきました。

「解夏」で印象に残ったシーン

まず、一番印象に残ったのは、長崎という場所の美しさです。

グラバー園や、中華街、坂の多い町並み、長崎港の穏やかな海、どれもとても素敵で、しっとりと丁寧に心情を描くこの作品にぴったりと合っていました。

実は、旅行で長崎を訪れる予定だったときにDVDを借りてきてこの映画を見ました。

旅行に行くことがとても楽しみになるそんな風景がたくさん出てきていました。

長崎の魅力を伝える作品といっても良いと感じました。

また、印象に残った他の場面は、やはり、最後、母親に見送られて、主人公と恋人の2人が出かけていく場面です。

もうすぐ、失明のその時がくると覚悟して見送る母親、寄り添いあってその時を迎えようとしている2人。

富司純子さん演じる母親が、失明をする息子に対して、悲しみを見せまいと一生懸命に笑顔をつくる姿がとても印象的でした。

富司純子さんの演技に魅せられました。

もし、目が見えなくなるとしたら、最後に何が見たいか、と考えたことは、それまでありませんでしたが、この主人公の姿を通して、自分という人間を育んだところを見ておきたいという気持ちが少し理解できました。

「解夏」の全体の感想

全体的にしっとりと丁寧に、病と向き合う人間の姿、それを支えようとする周囲の人々の姿が描かれていて、とても考えさせられる作品だったと思います。

恋人だけではなく、そばにそっと寄り添う母親の姿からも、病の人を支え、共に生きていくことの難しさ、葛藤、切なさを感じました。

そして、そんな登場人物たちにそっと寄り添うようにあるのが、長崎の美しい風景です。

失明という重茂テーマの作品ですが、美しい、どこか懐かしさを感じる長崎の風景があることによって、ほっとできるような感覚にもなれる映画だと思いました。

1人の女性として、パートナーが失明をするとなった時に、自分はどうなってしまうのだろうか、ということも考えさせられる映画でした。

映画の中の主人公の恋人は、そっと寄り添い、辛い気持ちを共有しようとしています。

こちらの感情をきちんとコントロールしながら、病の相手に向き合う、本当に難しいことだと思いました。

「解夏」という言葉は、失明をむかえることになる主人公にあてた言葉だけでなく、その彼を支える周囲の人々にとっての言葉でもあると感じました。

「解夏」で気になったところ、もやもやしたところ等

私が映画を見終わって、とても気になったのが、失明後の登場人物たちのことでした。

失明をむかえて、1つの区切りはやってきたのだと思います。

しかし、失明をしてからもその後の人生は続きます。

夏の修行「解夏」は終えても、その後も修行は続いていくのだと思います。

そうしたことから、失明後の姿、それをどう受け止めどう生活していくのかを少しでも描いて欲しかったです。

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