映画「昼顔」の感想やネタバレ!

スポンサーリンク
スポンサーリンク

「昼顔」の制作年度

2017年

2018年8月にレンタル視聴

「昼顔」のあらすじ

浮気がばれ、さわと北野先生は別れさせられてしまう。

さわはご主人と別れ、新しい土地で誰も自分を知らない土地で再出発をする。

そんな中、北野先生がホタルの生態の講義に自分の住む街へとやってくる事を知る。

内緒で北野先生の講義を見に行くさわ。

そこで北野先生は、さわが見に来てくれていた事に気づく。

そこから、二人の愛は再燃し、言葉も交わさず、触れることもせず、無言で一緒の時を過ごす。

そんな二人の関係はいつしか、奥さんに知られ、離婚へ向けての話し合いが始まり、奥さんが別れに応じてくれることとなる。

だが、いざ離婚届けに印を押し別れの時となった時、北野との死を選んだ奥さん。

車での自殺をはかる。

その自殺で奥さんは生き残り、北野先生は即死した。

その後、死にたい思いのさわのお腹には北野先生の子供がいる事がわかる。

「昼顔」で印象に残ったシーン

さわが、葬儀の後思い出の駅で自殺をはかろうとする。

その時に、線路に見えた無数の小さな光。

それはまるで、「ここに僕はいるよ、いつでも一緒にいるよ。僕は蛍になっていつでも、いつまでも、君と子供の側にいるよ」と天国からさわに向けられたメッセージ。

まっすぐな線路の向こう。

向こうに行けば死の世界が待っている。

その一本の線路を死へ北野先生の元へ行こうと思うさわへ、きっと北野先生が伝えたかった事。

体はなくても、姿は見えなくても、触れる事が出来なくても、喧嘩出来なくても、笑い合えなくても、ずっとずっと、ホタルとしているよって、ずっとずっと一緒にいるから、生きてと言っている様に感じました。

スタートは間違ってしまった、北野先生とさわの恋。

奥さんを傷つけて苦しめて、結果命を落としてしまい、でもさわの中には新しい命が…。

あのシーンで全部の事が報われなきゃいけない、死んじゃいけない、生きて償いもしながら、子供を愛し、北野先生をも愛しつづけて欲しいと思いました。

本来なら不倫も浮気も許せないし認めたくない。

不幸になっても当たり前と思ってしまう。

でも、あのシーンがあって、あったからこそ、さわに幸せになって欲しい、生きていて欲しいと思い涙がでました。

「昼顔」の全体の感想

そもそも、浮気不倫はありえない。

私の中では許せる事ではなく、相手も当人も両方が許せない、出来る事なら、自分を不幸にした相手達を不幸のどん底に落としてやりたいと思う。

だから奥さんが、いざ離婚届けを書き渡し、相手の幸せを感じてしまった時、錯乱、混乱に陥った気持ちがわかります。

だって自分は悪くない、愛していた、愛しているんだから。

相手の幸せを願って、自分の幸せを願って別れよう、前へ進もうと思った気持ちに嘘はなかったはず。

だけどやっぱり愛していたから、誰にも渡したくなかったのだろうと思う。

パートナーがいて、その協定を侵す、壊す。

それがどれほどに人の気持ちを傷つけ取り返しのつかない事になってしまうのか…。

実際に愛する相手だからこそ一緒に消えてしまう、その考えは私にもよぎると思う。

やっぱり愛していれば渡せない。

考えさせられました。

他人の不幸の上に成り立つ幸せとはあって良いのかと。幸せを感じて生きていって良いのかと。

私だったら、許せないと思う。

やっぱり、不倫、浮気は良くない。

なのに、映画を見ている時は、さわと北野先生の未来の幸せを願ってしまいました。

そして一緒に死のうとした奥さんが悪に思えてしまった。

実際の自分の感情とは違う感情が映画を見ている時にはありました。

「昼顔」で気になったところ、もやもやしたところ等

気になった部分は、何故さわのバイト先の人達は、さわのしてきた事をわかった途端にあんなに責めたのか、虐めに転じたのかがわからなかった。

仕事をする上で関係があるのだろうか?

さわが周りの方を傷つけ裏切ったとかならわかるのですが、一生懸命に生きようと努力していたのに、あからさまに明らかな虐め。

最終的には、浴衣まで着せてくれて仲良くなっていたが、やはり気になってしまった。

モヤモヤしてしまった。

何も関係ない人が、例え自分と重なる部分があったとしてもしちゃいけない事だと思う。

でもそういう事はきっと実際の世の中でもあることなのでしょうね。

特に良かった所は、二人がホタルの川で、声をかける事もなく、もちろん触れる事もなく、同じ時間、同じ空気を感じているシーンが好きです。

悪いことをして会えなくなり、再会し、ピュアな関係で誰もこれ以上傷つけない、葛藤の中でも二人が、ただ同じ場所にいるだけで幸せを感じられている感じが大好きでした。

コメント