映画「劇場版 夏目友人帳 ~うつせみに結ぶ~」の感想やネタバレ!

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「劇場版 夏目友人帳 ~うつせみに結ぶ~」の制作年度

2018年

映画館で視聴

「劇場版 夏目友人帳 ~うつせみに結ぶ~」のあらすじ

主人公夏目貴志は妖(あやかし)が見えてしまう高校生の男の子。

幼い頃に両親を亡くし親戚の家をたらい回しにされているが、その能力のせいで気味悪がられ孤独な毎日を送っていた。

そんな彼はある時、田舎に住む遠縁の藤原滋・塔子夫妻に引き取られる。

そこで子供のいない夫妻の優しさに触れ、高校で友だちにも恵まれやっと穏やかな日を手に入れた貴志。

しかし、祖母レイコから受け継いだ“友人帳”のせいで妖たちが寄ってくる日々は続いている。

友人帳とは、貴志と同じく妖を見ることができたレイコが、その妖たちに勝負を挑み、勝った証として名前を書かせ集めたもので、名前を取られると友人帳を持つ者に従わなくてはならないというものだった。

強い者はそれを奪いに、弱い者は名前を返してほしくて貴志のもとを訪れるのだ。

貴志のそばには斑という大妖怪が、いずれ友人帳を手に入れようと、普段はニャンコ先生という猫の姿で共に生活している。

ある日貴志は五丁町で津村容莉枝・椋雄というドジな親子に出会う。

切絵作家の容莉枝は女手ひとつで椋雄を育てあげたが、かつてレイコに憧れ、しかし話しかけられた時逃げてしまったという過去があった。

貴志は容莉枝の家に近くで見かけた妖が気になり、ニャンコ先生と再び五丁町を訪れる。

しかし下級妖怪を追って山の中の大木に突っ込んでしまったニャンコ先生は、翌日突然庭に生えた木の実を食べて三匹の仔猫に分裂してしまう。

仲間の妖怪たちがなんとかもとに戻そうと試みるが、一匹逃げ出してしまい、貴志の家からももう一匹いなくなってしまう。

仔猫を探すうちに貴志以外の人たちの記憶がおかしくなっていることに気づき、手がかりを求めて五丁町へ向かう。

容莉枝の家で一匹を抱っこした同級生の多軌を見つけるが、彼女は貴志が誰なのかわからない様子。

すると椋雄がすべて自分のせいだと言い始める。

彼は人の姿をうつしまねる妖怪で、8年前に死んだ椋雄になりすましていたのだ。

それは息子を亡くした容莉枝を心配してのことだったが、すべてを元通りにするため貴志に名前を返してほしいと頼む。

三匹の仔猫と一緒に大木のうろに入り、妖怪ホノカゲの姿に戻った椋雄。

8年間のニセの椋雄の記憶がなくなった容莉枝は、涙を流し「もう大丈夫」とつぶやく。

部屋の壁にはホノカゲにそっくりな白い鳥の切絵が飾られていた。

「劇場版 夏目友人帳 ~うつせみに結ぶ~」で印象に残ったシーン

この映画で一番印象深かったのは、椋雄が大妖怪ホノカゲの姿に戻り、容莉枝の住む町から去っていくシーン。

雪のように白く輝く綿毛のようなものが降り注ぎ、鳥や蝶など、ホノカゲの影響で作り上げられたものが儚く消えていくところは本当に美しく切ないです。

何百年もの間、何度も何度も、誰かと穏やかで幸せな日常を築いては忘れ去られていく…そんなホノカゲの寂しさ、儚さが見事に表現されていました。

でも寂しいだけではなく、容莉枝が息子の死を受け入れ、前を向いて生きていく気持ちになれた場面がしっかり描かれていて、ホノカゲの心の痛みも少しは軽くなったのではないでしょうか。(そこに気づいてくれていればいいのだけれど)

そしてホノカゲそっくりの白い大きな鳥の切絵を見た時、貴志だけでなく見ているこちらもよかった、伝わってた、とあたたかい気持ちになりました。

ホノカゲも今度は人の世に関わることなく、静かに妖怪として生きていけたらいいな、とそんなことを感じました。

「劇場版 夏目友人帳 ~うつせみに結ぶ~」の全体の感想

今回の映画では椋雄たちとのやりとりの他に、貴志と周りのひとたちとの関わりが大きなテーマになっていたように思います。

人間とうまく関われない祖母レイコの孤独。

レイコは妖怪と関わることで寂しさを埋めていたような気がしますが、それでも結局幸せだったのか、どんな人生だったのか、もまだよくわかっていません。

ただ、貴志はレイコとは違うスタンスで妖怪たちと関わり、人間に接するのと同じように困っていたら助ける、という優しさでまわりの人や妖怪たちを救っていきます。

時には誤解もあるけれど、この映画の中では、幼い頃の貴志と同級生結城のエピソードによって、その誤解は解け、新たな関係が築けたという成長が描かれていました。

徹底的に人との関わりを絶ったレイコとは異なり、貴志には穏やかで素敵な未来の日常が待っているような気がします。

その象徴として結城が登場し、また笹田の弁論も、そのことを主張しています。

「形あるものは壊れ、記憶は薄れる。それでもひととひととの関わりはさざなみのように広がっていく…」

今回の映画が、今まで悩み、人との関わりを怖がっていた貴志が、少しずつ他者との関わりを受け入れ、変わっていくことを意識していく…、そんな成長のターニングポイントになったのではないかと思います。

「劇場版 夏目友人帳 ~うつせみに結ぶ~」で気になったところ、もやもやしたところ等

夏目友人帳のテレビアニメを見ていると、結構な確率で泣いてしまいます。

今回は映画だということで覚悟してティッシュやらミニタオルやらを準備して臨んだのですが、結局はちょっと涙ぐんだだけでした。

それが悪いというわけではないのですが、泣く気満々で出かけたので正直アレ?って感じでした。

それで理由を考えてみたのですが、初めての映画化ということで、説明的なシーンが多かったこと、それが大きな要因かなと思います。

原作漫画を読んでいる人いない人、テレビアニメを見ている人いない人、様々な人が見るという前提で、多少の人物や背景の説明が必要となり、そもそも話を知っている人にとっては「あ、説明ね」と感じてしまう部分で興ざめしてしまうことがありました。

テレビアニメの映画化ではよくある、仕方のないことですが…。

でもだからといって妙に大げさにすることなく、こころあたたまる作品に仕上がったのはこのお話の持つ雰囲気によるところが大きく、その点ではよくできた映画化作品だと思います。

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