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徹子さんが自由が丘の学校、トモエ学園に通っていた頃です。戦争に行く兵隊たちを見送るために、多くの人が駅に見送りに行き「万歳」と叫んで日の丸の旗を振る慣わしがありました。
駅で兵隊たちを見送っていると、スルメの足が1本ずつ配られたそうです。まだ幼かった徹子さんは、スルメをもらうためだけに兵隊たちを見送りました。そのときのことを、後に徹子さんはこのように話しています。
今、思い出してもあの時、子どもが一生懸命、旗振ったんで『頑張ってくるぞ』って思って戦争に行った人がいて、もしその人が戦死して帰ってこなかったとしたら、なんて自分はね、罪深いことをしたってね。ものすごくそのことでは本当に戦争責任を自分でも感じてね、そういうことでもやはりすべきでなかったってね。
徹子さんが芸能人になり、テレビで「犯した罪についてあの責任を感じている」と当時のことに触れたことがありました。その放送を見て、早速反応が。
私は戦争に行って兵隊になって、それでいろいろ傷ついて帰って来た。
それからずっとね、日本の政府を恨んで、誰も責任取ってくれない、この戦争に行ってね、死んだ人、そして自分のようにこうやって帰ってきても、
何もしてくれない人間に対して一体なんだっていうんで、ずっと人を恨み、国を恨み、そういうふうにしていたんだけど、今日のあなたがね、
そんな小学生でいながらね、その旗を振ったこと責任感じてるっていうのを聞いた時にね、なんか自分のいままでの悩みがすっと消えてね、一生涯悩んで人のこと恨んで生きていくのかと思ったけど、こんな子どもだった人も思ってるんだと思ったらね、今日からそのことは思わないことにしました
徹子さんの話を聞き、言うに言えない感情を長年隠しておいた方の心が楽になった瞬間だったのでしょう。
徹子さんが、メディアで発言することの影響力の大きさを感じますね。

当時、東京には十分な食料がありませんでした。地域によって配給はまちまちでしたが、徹子さんの住む地域の配給は海藻麺(かいそうめん)という食品だったそうです。
ホンダワラってね、海に打ち上げられている茶色の厚いがわがわした、玉がぽろぽろついているような。それを粉にしたやつがなんだか透き通ったにょろにょろした、なんかこんにゃくみたいなもので、そんなかにそのあれ(海藻)が入ってて、カエルの卵みたいなの、そういうのが配給になるんですよね。
その海藻麺を、何の味付けもなく、ただ茹でて食べていたそうです。結果、徹子さんは栄養失調になりました。体中におできができて、爪と爪の間が膿み、夜な夜なズキンズキンと痛んだといいます。
病院も薬もなく、ただ我慢する毎日。その後、疎開先で10日ほど魚を食べたら、体中のおできが治ったそうです。
その時にね、たんぱく質っていうものが人間には絶対必要だっていうことがすごくよく分かりましたね。だからそれ以来、今、アフリカへ行って、栄養失調の子どもたちやなんか見た時にね、どんなたんぱく質でも子どもたちに与えるというのは必要だ、栄養のあるもの、本当にそういうほんのちょっとでもあれば。いちばん怖いのが、脳に栄養がいかないと、脳が成長しないことなんですよね、脳が成長しないと、歩くことも立つこともできない。ものを考えることもできない。ただ地面をはってるだけ。栄養のあるものをあげたい。それはやっぱり自分のそういった体験もあったからだなって思います
やはり、自分の経験がユニセフ活動に繋がっていたんですね。
徹子さんは東京生まれの東京育ちで、諏訪ノ平は徹子さんの疎開先です。疎開のきっかけは1945年の東京大空襲だったといいます。
そのとき徹子さんは11歳でした。
その数年前、母の実家がある北海道から帰る汽車で隣に座ったのが、諏訪ノ平で農業を営む沼畑周次郎さん。
「あの木は何の木?」と窓の外を見ていた徹子さんが言うと、沼畑さんが「リンゴの木だよ」と答えます。
「リンゴ好きかい?」「大好き!」「じゃ、送るから」
その後、本当にリンゴが届き、手紙のやりとりから、沼畑さんの息子さんが黒柳家に下宿するまでになりました。疎開先は親戚でも何でもなく、偶然出会った沼畑さんのところだったのです。そこで終戦を迎えることになりました。
駅の前のお店の前にラジオがあって、そこバス停なんですけど、そこでみんなが『なんかきょう放送あるらしい』って言うのでね、そこで聞いてた時に、私はなんだか分かんなかったけど、みんなが『どうも戦争が終わるらしいだべ』っていう話になって。それでそれから一目散に走って私、うちのほうに帰ったんですけど。母はお勤めしてましたから、近所のおじさんのとこ行って『戦争終わるの』って聞いたら『どうも終わるらしい』って聞いて『ああ、じゃあ東京帰れるかな』って思ったんだけど、うちはなんか焼けたらしいって聞いたので、それから父もいないし、帰れないかもしれない、でも戦争が終わってよかったなって、本当によかったと思いました。
徹子さんは大喜びでスキップしながら帰ったそうです。そして戦争が終わってから4~5年後、出征後ずっと音信普通だった父親を新聞で見つけます。
「親と離れ、安否もわからない心細さ。まともな食糧もない空腹感。子どもを不幸にする戦争は二度としてはいけません」
自分の幼い頃と重ね、ユニセフ活動を積極的に行う徹子さん。ユニセフ活動の原動力となっているのは、まさにこの幼い頃の体験なんですね。

なぜ徹子さんがユニセフ活動に積極的なのかわかった気がします。世間離れした自由人のイメージが払拭されますね。
つらい気持ちがわかるからこその数々の行動、本当に尊敬します。
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]]>今の姿からは想像できない(?)若い頃の徹子さんの美しさに迫ります。

徹子さんに子供?だって、婚歴ないはずじゃ?と思った方も多いでしょう。
確かに婚歴はないのですが、隠し子がいると噂になった時期がありました。
事の発端は、1998年1月24日に徹子さんの末の弟の黒柳貴之さんが、覚せい剤使用で現行犯逮捕されたことでした。
今は無きスキャンダル専門誌「噂の真相 1998年2月号」によると、徹子さんには24歳も歳の離れた弟がいて、その弟こそが徹子さんの隠し子ではないか?とのこと。
確かに、徹子さんの母親が弟を産んだのは47歳でした。
今の時代ならあり得る話ですが、当時は1950年代です。
あまりにも高齢出産すぎないか?という疑問から発したものでした。
さらに、噂の弟は某航空会社の社員で、その航空会社の関係者が「社内では彼は黒柳徹子の隠し子ではないかというのは有名な話だった」と証言してるらしいんです。
また、その弟をよく知る複数の人物によると、自宅のリビングに所狭しと徹子さんの写真が飾ってあったことや、同僚が隠し子説を本人に冗談めかしてぶつけた際に、否定もせず肯定もせず真顔で「ノーコメント」と答えたなどの証言も出てきました。
とうとう「噂の眞相」は、当の本人である弟に直接疑惑をぶつけそうですが、「その噂は僕が生まれた時にも流れたらしいですね。まあ、僕自身はそう(隠し子)じゃないと信じてますけど(笑)」と余裕の返答だったとか。
貴之さんが生まれた頃、徹子さんは既に売れっ子でした。
過労で倒れて1ヶ月ほど入院したそうですが、もしやその間に?
いや、無理でしょう。
売れっ子ということは、必然的に人目に触れることも多いので、その段階で妊娠説が出ていれば可能性はありますが、隠し子説が先だとなるとどうも信憑
性に欠けます。
自宅リビングの大量の写真にしても、有名人の家族なら当然ですよね。
会ったこともない遠い遠い親戚だって、写真を飾って応援していたでしょう。
歳の離れた兄弟を、自分の子供のような感覚で接するということはよくある話ですよね。

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婚歴なしの徹子さんですが、実は結婚願望があったとか。
徹子さんの著書「トットひとり」という本の中には、3度目のお見合いで出会った方と結婚の話が具体的に進んで、なんと結納まで済ませたとも書かれていますので、結婚しようという気持ちはあったんでしょうね。
ですが、「ひとつでも気に入らないところがあったら結婚しないほうがいいよ」という離婚経験者の知人のアドバイスで「歩いてる時の感じがちょっと好きじゃないわ」と思った徹子さんは、この結婚を破談にしたそうです。
その意見、大賛成です。
気に入らない部分を見て見ぬ振りできるのは、最初だけですから。
その後も、お付き合いした人たちからのプロポーズを2,3回受けたそうですが、結婚せずに現在に至っています。
もし結婚していたら、今の徹子さんは芸能界を引退していたかもしれませんし、全く違うキャラだったかもしれませんね。

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最近はインスタ効果もあって徹子さんに興味を持つ人が増え、ネット上は若い頃の写真を見たファンの反応で賑わっています。
「透明感と無垢さにあふれていて、とてもキュート」
「能年玲奈?」
「超かわいい!美人すぎる!」
「黒柳徹子の若い時を集めた写真集ないのかしらー」
など、褒めまくるコメントがいっぱいです。
写真の中には、別人でしょ!とツッコミを入れたくなるようなものもあるほどです。
絶対にモテたはずですが、幼い頃は発達障害で問題児扱いされていた徹子さん。
彼女の個性的な言動が、逆に男性達を遠ざけたことも考えられますね。
まだ写真を見たことがない方、ぜひ検索してみてください!
徹子さんの38歳の時の写真です。この頃の着物姿は流石に見つかりませんでしたが、この写真の人が着物を着たら滅茶苦茶美人になるのは予想できますね!
プライベートに関して謎の多い徹子さんですが、83年も生きていればいろんな噂があって当然です。
逆に「実は子供がいた!」と暴露しても、驚きも少ない気がします。
今や、お子さんがいて良かったですねと思わせてしまう愛されキャラクターですよね。
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野際陽子さんの娘としても有名な真瀬樹里さんが、なんと「トットちゃん」で野際陽子役を演じるということで話題になっています。
今回は真瀬樹里が母親である野際陽子役を演じることや、トットちゃんのストーリーなどについて探っていきたいと思います!
芸名:真瀬樹里(まなせじゅり)
本名:野際樹里(のぎわじゅり)
生年月日:1975年1月1日(42歳)
出身地:日本 東京都
身長:164 cm
血液型:A型
職業:女優
ジャンル:テレビドラマ・舞台・映画
活動期間:1994年 ~
事務所:レプロエンタテインメント
真瀬樹里さんは日本大学藝術学部演劇学科出身で、レプロエンタテインメント所属です。
父は千葉真一、母は野際陽子、異母弟は新田真剣佑、叔父は矢吹二朗・・・という、そうそうたる芸能家系に育った真瀬樹里さんが女優になったのは、もはや必然的だったのでしょうね。
代表作には『女刑事みずき〜京都洛西署物語〜』などがあります。
1993年に日本大学藝術学部演劇学科に入学すると、在学中の1994年には映画『シュート!』でデビューを果たします。
そして同年、映画『武闘派仁義 完結篇』に出演し、その後テレビドラマや映画・演劇などで活躍するようになりました。
殺陣がとても上手く、1997年の時代劇『寺子屋ゆめ指南』では、父である千葉真一と戦う剣士を演じたことでも話題に。
1998年には殺陣を演じる剱伎衆かむゐを結成しました。
殺陣指導なども行い、構成員役で2回斬られ役(シルエットでの出演)を演じるなど、映画のアクションシーンにも貢献している女優です。
その後は、時代劇ドラマや刑事ドラマなどに幅広く出演しています。
特技が殺陣・ピアノ・バレエ・日本舞踊・書道・乗馬・水泳・スキー・バスケットボール・バレーボール・スクーバダイビング・・・という、まさに何でもできるというような感じ。
顔立ちもとても綺麗で、お母様である野際陽子さんにそっくりの美人です。
そんな綺麗な顔立ちをしながらも殺陣やスポーツなど、あらゆる方面でマルチな才能をお持ちのところも魅力的な女優さんです。
野際陽子さんの娘である真瀬樹里さんが、野際陽子さんの遺作である「やすらぎの郷」後番組で野際陽子役を演じることが決まりました。
それは、2017年10月2日にスタートするテレビ朝日の昼帯ドラマ「トットちゃん!」(月~金、後0・30)で、真瀬樹里さんは母親の野際陽子役を演じるということでとても話題になっています。
野際陽子さんは60年ほど前から原作者である黒柳徹子さんと大親友であり、私生活でも頻繁にファックスをやりとりする仲だったそう。
野際さんが亡くなったときは「あなたのいらっしゃらない、この世界は、寂しいです」などとつづった手紙を寄せて別れを惜しんだという黒柳徹子さん。
真瀬樹里さんの起用は黒柳の発案だそうで、真瀬を少女時代からかわいがっていた黒柳徹子さんは、野際さんの死後間もなく「ぜひ参加して」と連絡したそうです。
「どうせなら」ということで、母親である野際陽子さんの役をお願いされた真瀬樹里さんは、その役を受けるか悩んだそうです。
そんな胸中を『どうしよう?』と仏壇に話しかけると、『やって!』と母である野際陽子さんの声が聞こえた気がした・・・ということで出演を決意した真瀬樹里さん。
女優同士、互いに分かり合っているというか、女優として親子としてとても良い関係性だったのだろうということがうかがえますよね。
真瀬樹里さんは当時の野際さんを思い描き、長かった髪を30センチバッサリと切りました。
衣装をまとったその姿は「そっくり!」と声が上がるほどだったそうです。
真瀬樹里さんがレギュラー出演するのは11月後半からの予定です。
番組予告によると、実年齢20歳差の主人公と繰り広げられるフィクションも織り交ぜた濃厚な「女子会」が見どころとなっているそう。
トットちゃんを知らない若い世代でも楽しく見られそうですね!
同じ放送枠の前番組「やすらぎの郷」が野際さんの遺作になりましたが、最後の力を振り絞っての熱演は視聴者の胸を打ちました。
真瀬樹里さんは「私は私の120%で精いっぱいやるだけ」と、短い言葉の中にも偉大な母を演じる決意を込めたようでした。

ドラマに興味を持ち始めた方も、いまいちどんなストーリーかわからない・・・という方のために、トットちゃんがどんな話なのかをまとめてみました!
簡単に言えば、女優・黒柳徹子さんの半生とその家族の物語を描いたドラマです。
黒柳徹子さんが生まれる4年前の1929年(昭和4年)、黒柳の母・朝と父・守綱の出会いから始まるトットちゃんのストーリー。
戦中・戦後の苦難の年月を経ながら、稀代のスターが誕生する過程やその個性が巻き起こす数々の逸話を、昭和の芸能史やテレビ史を背景に笑いと涙で描いた物語です。
これまで映像化されることのなかった『窓ぎわのトットちゃん』時代の逸話も抜粋されているようで、テレビ女優の第1期生として活動したNHK時代や、はじめて明かされる「国境を越えた恋」など、波乱万丈な黒柳さんの半生に迫ったとても面白そうな内容ですね!
予告でもあったように、「女子会」要素も織り交ぜられたストーリーということもあり、現代人でも違和感なく楽しむことができるようになっているのではないかと思います。
トットちゃんのドラマ化について、黒柳徹子さんは、
仲が良かった、父と母の若い頃を見られる。『トットちゃん』と呼ばれていた私は、戦争の中で、生きのびる事ができました。何て、ラッキーな人生だったことと、いまさら、ありがたく思う。
テレビ女優第1号として、仕事をはじめて以来、64年間テレビに出続けられることが、できました。
何十年も忘れることができなかった、犬の『ロッキー』も出てくるらしい。
私も、楽しみに見たい『トットちゃん』!
ご成功を、お祈りします。
とのコメントを寄せています。
私も、黒柳徹子さんの半生や真瀬樹里さんの野際陽子さん役などとても興味があるので、ぜひ見てみたいな~と思っています。
トットちゃんの中でどんな野際陽子さんが見られるのか・・・そんなところにも注目したいですね!
今回は、真瀬樹里が母親である野際陽子役を演じることや、トットちゃんのストーリーなどについて探ってみました。
真瀬樹里さんのことを探ってみて、
・お母さんの野際陽子さんにそっくり!
・娘が母親の役を演じるなんて素敵!
・トットちゃんは黒柳徹子さんの半生を元にしたもの!
ということが分かりました。
トットちゃん・・・といえば、名前は何となく聞いたことがありましたが、どんな話なのかは正直あまり知りませんでした。
しかし、今回真瀬樹里さんが野際陽子さん役で出演するということで興味などがわいた方もいるのではないでしょうか。
10月から放送されるドラマ「トットちゃん」、お母様を演じられる真瀬樹里さんの演技がとても楽しみです。
タイトル画像:https://pbs.twimg.com/media/DG21uXYUIAAGBWC.jpg
]]>また、徹子さんの話し方に違和感を覚える視聴者も続出。激太りと話し方の変化の原因に迫ります!

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現在83歳の徹子さん。
2016年9月に始めたインスタは、既にフォロワー65万を超える人気です。
人気がでれば注目度もアップするとはいえ、徹子さんの場合は下半身の激太りに注目が集まってしまったようです。
話題の発端は、昨年の夏、長野県に「トットちゃん広場」ができて、そのイベントに徹子さんが出席したことでした。
その姿を見て、多くの人が激太りに驚いたとか。
残念ながらイベントでは撮影が禁止されていたようで証拠の写真はありませんが、噂はすぐに拡がり2チャンネルでも話題になりました。
ヤフー知恵袋には、こんな質問までもが登場しました。
「久しぶりに徹子の部屋を見てみたら、黒柳徹子さんが異常に太っていて驚いたのですが(特に下半身)、何か病気でもされているのでしょうか? それとも、ただの不摂生なのでしょうか?」
どうやら真剣に心配している様子です。
インスタをチェックしてみても、ふわっとしたドレスで肝心の下半身が隠され確認出来ず…。
でも、顔は極端に太った感じはないんですよね。
激太りの原因は「単なる食べ過ぎ説」「腎臓の機能の低下によるむくみ説」「飲んでる薬の副作用説」といくつかありますが、80歳過ぎての激太りは体への負担が大きいので良くないです!
年齢や服薬が原因なら仕方ありませんが、「単なる食べ過ぎ説」が本当なら、ファンのためにも摂生していただきたいですね。

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83歳にもなれば、入れ歯でも全然おかしい話ではありませんね。
徹子さんは57歳の頃は差し歯だったそうですが、64歳の時には上顎は総入れ歯だったとか。
さらに67歳の時には自分の歯を2本だけ残して、下顎も全部入れ歯にしたそうです。
最初の上顎の入れ歯は、自分の歯の色に合わせたので少し黄色っぽく、歯並びをきれいに作りましたが、入れ歯が浮いてきたり外れてしまったり。
とうとう78歳の時に作り直したそうです。
新しい上顎の入れ歯は色が真っ白で、一回り大きく作ることで下顎の歯との噛み合わせで外れないようにしているとの事。
確かにインスタを見ると、歯並びが良くて色が白い!
これは入れ歯で間違いないでしょう。

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徹子さんと言えば、早口なのに滑舌が良くて聞き取りやすいトークが特徴だったはず。
ですが、年々トークが聞き取りにくくなってきましたね。
ネット上でも、徹子さんのトークが何を言っているのかわからないとの声が多数挙がっています。
それでなくても内容そのものが何を言っているのか意味不明なときもあるというのに…。
実は徹子さん、幼少期に発達障害だったと言われています。
wikipediaによると「発達障害はその個人の生活において様々な困難をもたらし、特に言語、移動、学習、セルフヘルプ、自立生活などでハンディとなるとされる。
発達障害は子どもの発育期に発見されることが多く、その人の一生にわたって継続する障害である」とあります。
そのためか、呂律が回らず滑舌が悪いという声が挙がり始めたころは、原因は発達障害ではないかと噂されました。
ですが、原因は入れ歯だそうです。
なるほど、時期的には合っていますね。
入れ歯が原因で、呂律が回らなかったり滑舌が悪くなることもあるんですね。
それなら、入れ歯の人はみんな同じになるということ?
いや、徹子さんの場合はもともとが聞き取りやすかった分、ギャップが大きく感じられるんでしょうね。
呂律や滑舌に関して、当のご本人に自覚があるのか疑問です。
もし自覚されてないようなら、関係者のみなさん、勇気を持って指摘してください!
また、はきはきと話す徹子さんのトークが聞きたいです!!
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気になるギャラ事情、徹子さんとピコ太郎の年収はどっちが上か?


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お笑い芸人のネタを次々につぶしていくことで「芸人殺し」との呼び声が高い徹子さん。
2016年12月23日放送の「徹子の部屋」に大人気のピコ太郎が出演するということで注目が集まりました。
この日の徹子さんは、大好きなパンダをあしらった衣装でピコ太郎をお出迎え。
そんな徹子さんに、ピコ太郎はヒョウ柄のストールをプレゼントしました。
ご機嫌な徹子さんを前に、ピコ太郎はPPAPを披露。
徹子さんは「ご本尊です」と紹介してパフォーマンスに見入ります。
そして「うれしい!おかわいらしいー」とピコ太郎を大絶賛!
ピコ太郎って「おかわいらしい」んだ…。
ほめられたピコ太郎は、「オニオンペンができないかなぁ…」と、前々から考えていたという構想を徹子さんに打診しました。
徹子さんは「いいですよ!」と即答。
とうとう奇跡のコラボレーションが実現しました!
「PPAP玉ねぎバージョン」と題されたそのネタは、頭を玉ねぎに見立ててペンを突き刺すというもの。
「アイハブアペン♪」「アイアムアオニオン♪」と歌った後のセリフのタイミングが合わず、スタジオは大爆笑の渦に包まれました。
やっぱり徹子さんです。
さんざんやり直した挙句、4回目にやっと「オニオンペーン、オニオンペーン、黒柳徹子です」と最後のオチを成功させました!
この様子に、Twitterでは「黒柳さんかわいすぎる」「黒柳さんのリズム感が独特で面白すぎる」など大反響。
最後には、徹子さん自らが考えてきたというアンサーソング「PPPP(ペンパンダパンダペン)」をオリジナルのリズムで披露。
これにはピコ太郎も「今のジャズのようなシンコペーションすごかったです!」と大絶賛でした。
結局、いつもの「芸人殺し」には至らなかったみたいですね。

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放送に先立って、実は徹子さん、インスタでピコ太郎とのPPAP練習風景を動画投稿していました。
番組収録後に、お揃いのヒョウ柄ストール姿でPPAPを習っている動画で、ピコ太郎の動きをちらちらと確認しながら踊る黒柳さんがとてもおかわいらしい!
「今、世界で引っ張りだこの忙しいピコ太郎さんが来て下さった 二人で大笑いしながら、番組は進行しました。おもしろいから、是非、見て欲しい!」と、かなりピコ太郎をお気に入りな様子。
インスタの反応がまたすごい!
「徹子さん本当に可愛い」
「かわいすぎて癒される」
「ピコ太郎さんとコラボして、徹太郎の誕生ですね」
「これほど元気が出る動画は珍しい」
83歳にして可愛いと言われるとは理想そのものです。

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とても仲良くなった2人。
ここで、2人の収入を比べてみましょう。
まずはピコ太郎の収入から。
ご存知、YouTubeの広告料は、動画の再生回数に応じて1再生当たり0.01円から0.5円程度の広告料が支払われる仕組みだそうです。
広告の単価は種類によって変わってくるようですが「再生回数世界第1位」にランクインする注目動画ということなので広告単価は普通より高めに設定されていると思われます。
1再生が0.3円とすると0.3円×6000万回=1800万円
1再生が0.5円だとしたら0.5円×6000万回=3000万円
かといって、ピコ太郎の収入源は何もYouTubeだけではありませんよね。
テレビ出演のギャラは、以前は1回の出演で15~20万円程度でしたが、今は2倍に増えたと言われています。
さらに、イベント出演も2倍ほどになって1回で100万円に上がったそうです。
それだけではありません!CMのギャラが莫大なんです!
ピコ太郎は1本のCMギャラを抑えて、代わりにたくさんのCMに出る戦略をとったという噂も。
CM1本のギャラを1000~1500万円ほどに抑えて、8本ほど抱えているそうです。
これらすべてを合算してみると、短期間で稼いだお金は約3億と言われています。
事務所が40%を取ったとしても1億8000万円!
45%の税金を払ったとすると、手元には9900万円!?
ため息が出るような数字です。
では徹子さんの場合はどうでしょう。
徹子さんは1981年に「窓ぎわのトットちゃん」を出版して、それが世界35カ国以上で翻訳され、累計発行部数800万部以上のベストセラーを記録しています。
1983年には俳優部門の高額納税者にランキングされました。
なんと納税額は、3位の石原裕次郎さんや(8042万円)2位の森繁久彌さん(8479万円)を押さえ、1億5833万円と断トツだったそうです。
その翌年、翌々年の俳優部門の高額納税者ランキングでも徹子さんが1位でした。
徹子さんの話によれば「窓際のトットちゃん」の印税は、自身が設立した社会福祉法人「トット基金」に全額寄付したそうです。
今は「徹子の部屋」1本のギャラは150~200万円と言われています。
一時期ほどの収入は無いにせよ、コンスタントに収入があるというのは大きいです。
ピコ太郎がずっと今の収入を維持できれば追いつけるかもしれませんが、やっぱりこの勝負は徹子さんの勝利ですね。
何より、収入を自分のものとせず、印税を全額寄付するほどの器の大きさに脱帽です!

芸能界で、長く愛され続けることって難しいんでしょう!そんな芸能界の中でも徹子さんはそれを実現している1人です。
ピコ太郎にも頑張っていただきたいですね。
http://www.bsfuji.tv/timebokan/img/photo02.jpg
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メイクに隠された本当の年齢、いったい何歳なんでしょう?
最近はインスタにハマっているようですが、その反響は?

とにかく、あのヘアスタイルは印象的。子供の頃テレビで見ていた時は、徹子さんの顔ではなくタマネギ頭で認識していた気がします。
それもそのはず、1976年2月の第1回目の放送から続いているタマネギ頭なのです。
当時の徹子さんは42歳、つまり今はもう83歳なんですね。
ただ、素晴らしい方なんですが、ちょっと世間知らずというか、浮世離れした感じが否めません。
これは徹子さんの生い立ちを知ると納得できる気がします。
生年月日:1933年8月9日
出身地:東京府東京市赤坂区(現在の東京都港区赤坂)
学歴:トモエ学園、高覧女学校、東洋音楽大学(現在の東京音楽大学)声楽科
出身校の香蘭女学校はお嬢様学校としても有名なので、裕福な家庭で育ったんですね。
さらには、父親がヴァイオリニスト、母親は声楽家でエッセイスト、弟もヴァイオリニストで、妹が元バレリーナでエッセイスト。
なんと立派なご家族でしょう!
テレビだけでなく、執筆活動やユニセフ親善大使もしているので、決して知識がない方ではないのはわかります。
ですが、やっぱり世間知らずに見えてしまうのは、裕福な家庭に育った方に共通する雰囲気なのかもしれません。
タマネギ頭にした理由が「大きな頭が動いていると、ゲストの話に自分がうなずいていることが視聴者にも伝わりやすいから」だそうなので、やはり考えるべきところは考えているんですね。

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徹子さん=徹子の部屋のイメージですが、その他にも多くのテレビ番組に出演されてきました。
中でも、「NHK紅白歌合戦」においては、なんと紅組司会を5回、総合司会を1回、応援ゲスト4回、ゲスト審査員1回も経験しているのです。
2015年の総合司会の時は史上最年長司会としても話題になりました。
紅白歌合戦が年に1回しかないことを考えると、素晴らしい実績ですよね。
また、徹子さんの執筆活動も有名です。
母親も妹もエッセイストですので、文才も受け継いでいるんでしょうね。
中でも個人的に思い出深いのが、1981年に講談社から出版された「窓ぎわのトットちゃん」です。
徹子さんの自伝的物語なんですが、第5回路傍の石文学賞も受賞した作品です。
当時、夏休みの宿題の読書感想文の課題図書になっていて、私も読んだことがあります。
夏休みが終わる直前に読んで、バタバタと書き上げたことを覚えています。
その他にもバラエティーやドラマ、映画などにも出演しているマルチタレントだったんですね。

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80歳を超えたマルチタレントの徹子さんが、ついにインスタを始めました。
2016年9月23日に公式アカウントを開いたところ、9月26日の夕方5時にはフォロワー数5万を超えたとか。
そのきっかけを作ったのがあの福山雅治さんだというから驚きです。
徹子さんによると
「私の撮った写真を見たり、それに添えた文章を読んだ人が、私の感覚を好きだって言ってくれる。インスタグラムは、その人の持つセンスの部分を細かく伝えられるコミュニケーションツールだってことが、私はとても気に入っています」
と、かなりお気に入りの様子。
インスタの写真を見ると大御所のオーラ全開で、有名人との写真もたくさんアップされていてうらやましい限り。
でも、どんな旬の有名人と撮っても徹子さんの存在感がすごいです。
若い方からは「憧れです」「私も自分らしく生きていきたいです」などのコメントが寄せられているそうで、インスタ効果で新しいファン層も獲得しています。
たしかにド派手なファッション、可愛いスイーツ、不気味な人形など、83歳とは思えないセンスが爆発していて、若い世代には新鮮なんでしょうね。
徹子さんのスマホの待ち受けは美輪明宏さんとのツーショット写真なんですが、仲良しの美輪さんも、きっとこの反響はびっくりのはずです。
昔からテレビで見ていた私も、最近の徹子さんのファンキーさにびっくりで、新しい徹子さんを発見した気分です。まだまだ、楽しいびっくりを期待してます!
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そのときの徹子さんの反応は?
ジャイアント馬場さんの遺言で続けているスクワット効果で、身も心も強く鍛えられているの?

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昔、自称「おかしかった」頃に「うるせえなババア」発言をしたのは、ここ数年前から芸能界に復活しているヒロミさん。
復活後に「徹子の部屋」に出演したときの会話です。
徹子さん:あなた随分いい服着てますね。
ヒロミさん:僕も大人になったんで(笑)僕、大人になったと思いません?
徹子さん:凄く思いますよ~。
ヒロミさん:僕昔、失礼なことばっかり言ってたと思うんで~、あの本当に、すいませんホントに。
徹子さん:あの頃若かったからね。
ヒロミさん:あの頃ね~、ちょっと若くて、(頭を指さして)おかしかったんだと思うんですよね~。うるせえなババアとか言ってたでしょ?
徹子さん:クイズの時でしょ?隣にいらした方から、私何にも言わないのにうるせえなババアって言われてね。
徹子さん:ホントのババアに、ババアって言ってどうすんのって思ったんですよ。
ヒロミさん:はい。大変申し訳なかったですね~。
相変わらずのタメ口ながら、ヒロミさんの緊張感が伝わりますね。
何の発言もしていないのにうるせえなばばあと言われて、「ホントのババアに、ババアって言ってどうすんの」と心の中で収めるとは、さすが徹子さん。
でも、当時のことを覚えているということは、結構根に持っていたんですね。

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2009年4月23日の「とんねるずのみなさんのおかげでした」での出来事でした。
番組内のコーナー「ムダ・ベストテン」にゲスト出演した徹子さん。
登場した有吉弘行さんに「くそばばあ」と、なんともストレートなあだ名を付けられてしまいました。
さすがのとんねるずの2人も「それはヤバイだろ!」と爆笑しながらも止めに入りました。
徹子さん、直後は一瞬フリーズしましたが「いいですけど、そういうのあだ名じゃないでしょ?」とすぐさま反論。
じわじわと込み上げる怒りが収まらない様子で、ムダ芸のピアノ解体を1人黙々と続けているブラザートムさんに向かって、「ちょっと、うるさい!」と声を荒げる場面も。
その後、「いいのいいの。」と冷静を装うのですが、怒り口調で「相当マズイと思う私。いいんですよ、ただ『徹子の部屋』のスタッフがみんな観てると思いますから、今日。この次、どういう事になるか分かりませんよ。」
まさに、復讐のスイッチが入った感じですね。
有吉さんは後日、別の番組で「とんねるずと徹子さんだったらとんねるずの要求を取る。徹子の部屋はいいや」という覚悟だったと言っていました。
この事件(?)は芸能ニュースにもなって、むしろ数字がとれる!と考えた「徹子の部屋」のスタッフが有吉さんにオファーしましたが、有吉さんは断ったそうです。
その後のバトルを見てみたかったですね。

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何度ばばあと言われても強靭な心で切り返す徹子さんですが、その強さの源を発見しました!
昔、ジャイアント馬場さんが「徹子の部屋」に出演したときに、健康法としてすすめられたヒンズースクワットを毎日欠かさず行っているそうなんです。
それも、馬場さんはその2か月後に亡くなったので、「遺言」として日課にしているとのこと。
徹子さん曰く「肩幅くらいに足を開き、膝を曲げるのと同時に手を前に振ります。
ジャイアント馬場さんは30回で良いとおっしゃったんですけど、私は毎晩50回やっています。
これをやっているおかげで、舞台でもさっさと歩けるし、階段の上り下りも大丈夫なんですよ。」と効果絶大の様子です。
実際に、ある筋肉量増加の研究によるとスクワット15回は腹筋500回にも匹敵する効果があると言われています。
ならばやってみよう!と思いつつ、2日ほどで挫折する私。
それに比べて、徹子さんの意思の強さは本物です。
何かを続けるって、自分との戦いのはず。
徹子さんはきっと、元来強い心の持ち主なんでしょうね。
芸能界の大御所に向かって「ばばあ」発言をする2人も、ある意味強い心の持ち主ですが、徹子さんも全く負けていませんね。
83歳になった今もスクワットを続けているのか気になりますが、心はもう十分に鍛え上げられていそうです。
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幼少期から現在までの変化を追ってみましょう。

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徹子さんが執筆した自叙物語「窓ぎわのトットちゃん」を読んだ事はありますか?
この本の中で、トットちゃん(徹子さん)は小学校1年生の時に退学をさせられています。
発達障害を抱えていたために、落ち着きがなく、気が散りやすいのに妙なことに異常な集中力を持ってしまう子供だったそうです。
授業中にチンドン屋さんを呼んでしまったり、同じく授業中に外の鳥に話しかけはじめたりと、発達障害児特有の多動性があったようです。
中でも有名なエピソードがあります。
フタのついた机が気に入ってしまったトットちゃんは、授業中だというにもかかわらず何十回も何百回も机のフタの開け閉めを繰り返しました。
もちろん先生に注意されましたが、トットちゃんはなぜ注意されているか理解できなかったそうです。
普通の学校に馴染めなかったトットちゃんは、母親の勧めでトモエ学園へと転校します。
そこで出会ったのが小林校長でした。
転校の際の面接で、小林校長は4時間にも及ぶトットちゃんの話をひたすら聞き続けたそうです。
小林校長は「君は本当はいい子なんだよ」とトットちゃんに何度も言い続けました。
発達障害によって周囲から敬遠されることの多かったトットちゃんにとって、この言葉は何よりも自分に自信を与えてくれる言葉だったそうです。
あとにも先にも、トットちゃんの話をこんなにちゃんと聞いてくれた大人はいなかったと、徹子さんはこの校長先生のことを今でも自分を救ってくれた存在だと考えているようです。
その後、本の実写化の話が出ましたが、「小林校長を演じられる人はいない」との理由で断っているそうです。
そのぐらい、徹子さんにとって偉大な校長先生だったんだでしょう。
でも、発達障害は、問題ないレベルまで修正できるけれど完全には治らないはず。
いずれにせよ、その後成功しているので問題はないという事でしょうね。

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時が流れて、徹子さんは東洋音楽大学を卒業します。
でもオペラ歌手になれないと分かり、NHK東京放送劇団養成所に入りました。
数字が入ったセリフは全く覚えられず、独特の話し方等で「個性が強すぎる」と役を降ろされたりもしたそうです。
確かに今も、ろれつが回らないのか滑舌が悪いのか、話し方に特徴はありますね。
そんな徹子さんを変えたのはラジオドラマ「ヤン坊ニン坊トン坊」のトン坊に選ばれたことでした。
台本を書いた飯沢匡さんが「黒柳徹子さんの個性が大事なので今のままで変える必要はない」と言ったそうです。
その出演をきっかけに、個性を活かして人気を得ていきました。
私の周りにも、ちょっと変り者?と思う人がいますが、個性だと思うように努力します!

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2016年7月、長野県北安曇郡松川村の「トットちゃん広場」の竣工式と名誉村民賞授与のため、徹子さんは現地を訪れたそうです。
その際、登場した黒柳さんの姿を見た住民が驚きの声を上げたとか。
スタッフにつかまりながら徹子さんが歩いていたと。
さらに、その下半身は驚くほどに太かったらしいのです。
ちょうど撮影禁止になっていたそうなので、どれほど下半身が太かったかは証拠はないそうです。
ですが、83歳ですよ?シャキシャキ歩いている人の方が少ないような…。
先日、競馬のG1で北島三郎さんの所有する馬が優勝したときに、うれしそうに歩く北島さんの姿がテレビに映っていました。
支えてもらうというか、ちょっと手を添えられて歩いていました。
多分、何かあったら危ないからという周りの気遣いでしょう。
北島さんも今80歳ですし、徹子さんにしても年相応なのでは?
きっと、ハツラツとした徹子さんを期待しすぎた分、ギャップが大きかったということでしょう。
ただ、徹子さんの肉好きは有名です。
お酒を一滴も飲まない代わりに、週に数回、焼き肉店を訪れているらしいです。
だめですね、代謝が落ちているのに、若い頃のように食べていたら太るに決まっています。
さらに、運動量も減っているわけで。
年齢的に腎臓機能の低下によるむくみや常用薬の副作用も考えられますね。
ただ激太りは、絶対体に良くないので適度に節制して欲しいです。
いろいろな病気説がある(?)徹子さん。
ですが、みんな徹子さんに元気でいて欲しいからこそ心配している結果、いろんな憶測が出てきてしまうわけです。
食べ過ぎが原因なら、ファンのためにも控えていただきたいですね。
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自由奔放な徹子さんが作った伝説「いいともジャック」って何のこと?

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2013年3月26日号の「週刊女性」で、気になる徹子さんの姿がスクープされました。
「超多忙スケジュールの裏で厳戒極秘通院姿を発見!」という見出しの通り、本当は自宅近くの病院から帰る姿を撮ったもの。
その頃「徹子の部屋」の収録をこれまでになく撮り貯めていたことで、徹子さんが長期入院するのでは?などの憶測が飛び交っていました。
ですが、事務所によると、徹子さんはユニセフの活動のため3月に10日間ほど南スーダンに行く予定があって、事前の予防接種のために病院に行っていたとのこと。
なんだ、大きな病気じゃなくてよかった!病院に行ったからノーメイクだったのか!
となると、話題はすぐに徹子さんのすっぴんにすり替わりました。
長年芸能界にいながらすっぴんを撮られたのは初めてらしいです。
高級そうなコートにマスク姿。
モノクロ写真ではありますが、目のくぼみというか、とにかく全体的な老化がはっきりとわかります。
徹子さんのメイクと言えばムダに主張するアイラインが特徴ですが、アイラインがないとやっぱり…といった感じです。
でも、この当時79歳ですから歳相応なんでしょうね。
それにしても、この写真を撮った記者、よく徹子さんだとわかりましたね!
私なら絶対にわかりません!記者の眼力に拍手です。

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1984年3月14日、徹子さんは「笑っていいとも!」のテレフォンショッキングに出演しました。
その時に「43分間しゃべり続ける」という伝説を作ってしまいました。
43分もしゃべり続けたおかげで、テレフォンショッキングの後に予定されていたレギュラーコーナー2つの内1つを潰さなければならなくなり、それぞれの司会担当者がじゃんけんをして決めたというんです。
いくらタモリさんと仲が良くても…徹子さん、恐るべしです。
「いいともジャック」、なるほどです。
以来、徹子さんがテレフォンショッキングに出演する時には、コーナーが延びるのが恒例になりました。

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2011年7月25日にも「笑っていいとも!」のテレフィンショッキングに出演することになった徹子さん。
ちょうど前日は地デジ完全移行したばかりで、「きっと何かが起きる!」と視聴者の期待も大きかった移行後第1回目の放送。
少し前には「徹子の部屋」に、あのレディー・ガガが出演したことも話題になっていて、なぜか世間の空気は「徹子=ガガ」でした。
その空気に乗ってか、タモリさんに紹介されて登場すると「あたし、ガガの格好してきたんだけど」と本人もノリノリです。
「せっかくだから、まぶたにマジックで目玉も書いてこようと思ったんだけど自信がなくて」とのこと。
どうせなら、書いてきていただきたかった!
そう言えば、ガガが「徹子の部屋」に出演したときに、自分の髪の中からアメを取り出して徹子にプレゼントしたそうです。
ガガ、笑いのセンスありますね!
これをパロディーにして、タモリさんを驚かそうと思っていたらしいですが、そこは徹子さん。
話に夢中になりすぎて、関係ないトークになってから、思い出したかのように髪の中からアメを取り出しました。
「コレハ、オミヤゲデス」
あら?ガガのつもり?って、なぜ今?
笑いも取って、次々に話が盛り上がったところで一旦CM。
CM明けてお約束の友達紹介へ移ったのが12時35分。
普通に進んでいます。
「アタシだってもっとお話したいのよ」
おお!来たか!?
期待もむなしく翌日出演の近藤真彦さんへ電話をかけます。
徹子さんは、電話している間もずっとタモリさんと話し続けていました。
とうとう電話の向こうの近藤真彦さんが、話を遮るように「いいとも!」と言って強制終了。
テレフォンショッキングは時間内に終了してしまい、伝説の更新ならず。
残念なような、ホッとしたような不思議な気持ちでしたね。
自由奔放なキャラの徹子さんだからこそ許されてしまう時間オーバー。
スタッフが面白がって長引かせたような気もしますが…「いいとも」懐かしいですね!
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お気に入りの石鹸も愛読書「CanCam」で見つけたって本当なの?

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「CanCam」と言えば、20代前半の女性をターゲットとした月刊誌…。
あの押切もえさんや蛯原友里さんを世に知らしめ、現役では山本美月さんや池田エライザさんなどが専属モデルのあの雑誌…。
実は、2017年1月25日放送の「1周回って知らない話」で「徹子さんに聞きたい質問ベスト10」というコーナーの中で、徹子さんは「CanCam」が愛読書だと回答しています。
その「CanCam」を見て、可愛いと思ったものはすぐに電話してお取り寄せしているそうです。
83歳の徹子さんの愛読書が「CanCam」とは…いやいや、正直驚きです。
確かに、徹子さんのインスタを見るとポップな写真が多いですね。
そのセンスは「CanCam」で磨かれたものでしたか。
でも「キャンキャン」ではなく「カンカン」と呼んでしまう辺り、やっぱり徹子さんです。

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きっかけは、徹子さんが「新・インスタの女王」になったこと。
2016年9月に始めたインスタが、今やフォロワー65万超えだというから凄いの一言です。
そこで、編集部が徹子さんに目をつけ、インスタの魅力やかわいい写真の撮り方について根掘り葉掘り調査したというんです。
「かわいい写真が撮りたい!!」と題された特集では、インスタを始めたきっかけが福山雅治さんだったこと、徹子さんが写真に添えるコメントのこだわりやフォロワーからのコメントへの感想などを紹介していました。
特集の中で掲載された写真では、女王様の椅子に座りひらひらのワンピースで微笑む徹子さん。
両手でアモーレのハートを作りすっかりご満悦の様子です。
個人的にはヒラヒラのこのドレス、一度着てみたいけど自信がありません!
(年齢ばかり言っては失礼ですが)本当に83歳?
独自のセンスがあるからこそ、若者の共感を得て「新・インスタの女王」になれるんですね。

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可愛いと思ったものはすぐにお取り寄せする徹子さん。
「CanCam2017年1月号」で見つけた石鹸もすぐに手に入れて、早速インスタにアップすると瞬く間に注目されました。
まるで本物の宝石のような石鹸の正体は「Savons Gemme(サボン ジェム)」のフレグランスソープです。
この石鹸はハンドメイドで作られているので、形が全て同じではないというところがますます宝石らしいんです。
ローズクォーツやアメジストなど、石鹸の種類は全部で15種類あります。
サイズはレギュラー(170g)、ミニ(114g)、ベビー(8g)とあり、どのサイズも専用のボックスやパッケージが付いてくるので、プレゼントにもお勧め!
20gの石鹸が3つ入ったセット「リトルジェム」は3種類のサボンジェムが楽しめるのでお試しにもいいですね。
では、見た目は問題なしとして、使い心地はどうでしょう?
口コミでは、
「香りは、アロマよりではなく、伝統的な香水のような気品を感じます。さすがグラース生まれ?泡もキメが細かく洗い上がりもしっとりです。」
「ネットで軽く擦っただけでも泡立ちがすごいです!少量使っただけでも泡立ちがいいので、なかなか使い終わらないのも嬉しいです。使用後はつっぱり感もなく、さっぱりすっきり。ほとんど洗顔に使用してますが、泡立ててからしばらく顔に乗せてると香りがいいのでリラックスも出来ました。」
「洗い心地もしっとりするので、つっぱりません!」
と、大好評。
実は使い心地にもこだわって作られているサボンジェム。
天然由来の植物エキスやビタミン、ミネラルを配合し、オイルは全てオーガニックのものを使用しているそうです。
これをプレゼントされたら「この人センスあるな!」と喜んでもらえそうです。
徹子さんは、顔の老廃物を取り除くリンパマッサージを、毎日2回、朝晩繰り返しているそうなので、このサボンジェムと併せて使えば、すっぴんも余裕ですね!
お年を召すと頑固になるイメージがありますが、いくつになっても新しいものを取り入れようとする柔軟な心を持った徹子さん。
その柔軟性が、多くのファンを魅了しているんでしょうね。
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