そもそも百舌鳥古墳群とは?位置や規模、歴史を紹介!
百舌鳥古墳群とは、有名な仁徳天皇陵古墳をはじめ、履中天皇陵古墳やニサンザイ古墳、御廟山古墳など、巨大な前方後円墳がいくつもある日本最大の古墳群で、大小様々全部で44基の古墳があります。
古墳は堺市の堺区、北区、西区にまたがって点在していますが、東西南北約4kmの範囲に集中しているので、半日~1日あれば主要な古墳はだいたい見て回ることができます。
仁徳天皇と履中天皇は親子の関係にあるのですが、この2つの古墳と堺市博物館を見るコースであれば約2時間で巡れるのでお手軽です。
そもそも、この古墳群はいつごろ何のために造られたのでしょう?
百舌鳥古墳群が造られたのは4世紀~6世紀前半、なんと約1600年前になります。
古墳の用途はお墓であることは間違いありませんが、巨大な前方後円墳もあれば小さい円墳もあります。
これは中心となる大型の古墳の周りに親族や臣下、副葬品などを納めるために造られたのではないかと言われています。
また、前方後円墳といっても1つ1つよく見ると少しずつ形が違っているのです。
例えば、5世紀前半に作られたいたすけ古墳はずんぐりしており、5世紀後半に作られたニサンザイ古墳はスマートな形をしています。
これは、最近の研究結果では尺度(ものさし)の大きさの変化によるもので、女性首長から男性首長へと移り変わりがあったと推測されています。
現代ではただの里山にしか見えない古墳ですが、じっくりその形を見ていると、古代の人々の考え方を推測することができるのです・・・!
百舌鳥古墳群の見どころは?おすすめ古墳3選
〇運が良ければ狸に会えるかも!?保存運動時代の橋が残る「いたすけ古墳」
先ほどずんぐりしていると表現したいたすけ古墳ですが、百舌鳥駅から徒歩10分と近いです。
そもそも百舌鳥古墳群は今では44基しか残っていませんが、以前は100基以上存在していました。
戦後の復興のための宅地開発でそのほとんどが破壊されてしまったのです。
昭和30年代の高度成長期の頃、このいたすけ古墳にも開発の手が伸びてきましたが、市民は「堺市いたすけ古墳を守る会」を結成し、保存運動を展開。
なんとか現在まで破壊されることなく残すことができました。
保存運動のことを忘れぬよう、当時破壊される寸前にかけられた橋の名残が今でも撤去されずにあえて残されています。
平和が訪れたいたすけ古墳ですが、なんと今では狸が住みついているようで、運が良ければ壊れかけの橋の辺りで目視することができます。
地元住民によると、今(2017年9月)は昼間より朝夕の方が狸に出会える確率が高いそう。
それはさておき、いたすけ古墳は宮内庁ではなく堺市の管轄なので、これからの研究次第ではもっと多くの古代のことがわかるきっかけになるかもしれない―ロマンある古墳なのです。
〇仁徳天皇の子どものお墓、「履中天皇古墳」
次におすすめしたいのは履中天皇古墳。
仁徳天皇の子どもである履中天皇のお墓と言われており、その大きさは日本第3位、全長365mです。
墳丘からは多くの埴輪片などが出土しています。
先ほどのいたすけ古墳からは履中天皇陵古墳の拝所までは約徒歩20分。
方墳側の「拝所」は高台になっていて綺麗に整備されており、古墳自体の大きさも仁徳天皇陵に比べれば小ぶりなため、古墳の全体像を肉眼で感じるならここがいちばん良いかもしれません。
この高台からは大仙公園を挟んで仁徳天皇陵古墳の頂上部分も眺めることができますよ。
〇日本最大!「仁徳天皇陵古墳」

http://www.city.sakai.lg.jp/kanko/hakubutsukan/mozushashinshu/mozukofun9.html
やはり日本最大の古墳、仁徳天皇陵古墳は外せないですね。
JR百舌鳥駅前から徒歩7分と、いちばん行きやすくなっています。
仁徳天皇陵古墳は全長486m、長さだけで見ると、なんとあのエジプトのクフ王のピラミッド(全長230m)よりも大きいのです!
しかし、その大さゆえに方墳側の拝所から眺めても、ただの山にしか見えません・・・(笑)
上空800mくらい飛ばないと全体像がわからないそうです^^;
そこで、おすすめしたいのは仁徳天皇陵古墳に隣接する大仙公園にある堺市博物館!
この博物館の「百舌鳥古墳シアター」では、最新のコンピューターグラフィックを用いたバーチャルリアリティで上空から見た仁徳天皇陵を体感することができます。
ただし、研究結果では子どもである履中天皇陵古墳よりも後に作られたことがわかっており、この日本最大の古墳の全容は未だ明らかになっておらず、謎に包まれています・・・