関係が悪化した経緯
北朝鮮の金正日前総書記は2011年に死去するまで、自分が選んだ息子を後継者として支援するよう、中国に何度も懇願していました。
当時の中国の胡主席が約束を守って金正恩氏を支持したにもかかわらず、20代後半だった金正恩氏は、北朝鮮にとって最も重要な同盟国であるはずの中国と距離を置き始めます。
金正恩氏はまだ若く、政治家としての力量も未知数で、おまけに長男ではなく、母は在日朝鮮人でした。
金正恩氏が北朝鮮国内で金正日前総書記の後継者として権力を確固たるものにするためには、中国の息がかかっていないことを証明し、「強い指導者」を印象付けなければなりませんでした。
金正恩氏は2011年に総書記に就任して数か月のうちに、憲法を改定して核保有国になることを宣言し、国際社会から強く非難されます。
そして2013年に中国との主な交渉窓口であった叔父の張成沢氏を処刑したことで、金正恩総書記に対する中国の不信感は決定的となりました。
張成沢氏は、閉鎖的な北朝鮮で比較的改革志向の人物と見られていました。
中朝交渉窓口が閉ざされてから、北朝鮮は中国が断固反対している核ミサイル開発を推進し、意思疎通もできなくなっていきました。
関係改善のため、習近平中国国家主席は、2015年10月の北朝鮮の朝鮮労働党創建70年の記念式典での軍事パレードに、共産党幹部の劉雲山・政治局常務委員を派遣しました。
そこで北朝鮮側に手渡された習主席からの書簡には、金正恩総書記の指導力を称賛する内容が書かれていて、中国から北朝鮮への歩み寄りの姿勢を示したものでした。
習主席からの歩み寄りにもかかわらず、北朝鮮は中国を怒らせるような行動をとり続けます。
2017年5月、北朝鮮は習主席の外交政策の目玉であるシルクロード経済圏構想「一帯一路」の国際首脳会議を中国が主催するタイミングで長距離弾道ミサイルを発射して敵対姿勢を示しました。
2017年9月、北朝鮮は中国がBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカの新興5カ国)首脳会議を主催するタイミングで核実験を実施しています。
2017年10月、中国の人民日報は中朝国交樹立68年の記念日に北朝鮮の核開発を批判する記事を掲載しました。
これを受けて北朝鮮は「中国はアメリカに追従している」と批判し、中朝国交樹立の記念日であることには触れませんでした。
国連の安全保障理事会は、国際社会からの非難を無視して核実験やミサイルの発射を繰り返す北朝鮮に対して、2006年10月以降10回もの制裁決議を採択し、毎回制裁措置を強めています。
直近の制裁決議は2017年12月22日に中国も含め全会一致で採択され、北朝鮮が今後新たな核実験や長距離弾道ミサイルの発射をした場合、安保理は北朝鮮への石油供給をさらに制限するという厳しいものとなりました。
その報復として、2017年12月、北朝鮮は国内であらゆる中国製品の販売を突然禁止し、違反した場合には売り手と買い手の双方が処罰されることになりました。
北朝鮮は石油の大半を中国から輸入していましたが、中国は北朝鮮への石油輸出をストップしているほか、経済支援もほとんど行なっていません。
2017年2月にマレーシアの空港で殺害された金正恩総書記の異母兄、金正男氏は、後継者争いで金正恩総書記のライバルと目されていました。
金正男氏が北京で生活していた期間があるため、北朝鮮は中国が金正恩総書記を排除するために金正男氏を匿っていたとして非難しています。
一連の流れから中国の対北朝鮮感情は悪化の一途をたどり続けます。
これほど関係が悪化しても中国が北朝鮮を庇い続け、強硬策を避けようとするのは、北朝鮮が崩壊して国境から中国に難民がなだれ込んで朝鮮半島が米国の支援する韓国の支配下となると中国の安全保障上不都合だからだと考えられます。
まとめ

2018年2月、平昌オリンピックに合わせて金正恩総書記の妹である金与正氏が特使として韓国を訪問し、文在寅大統領を会談したことをきっかけに、北朝鮮の態度が急激に軟化しています。
北朝鮮が国際社会との対話に積極的な態度を見せているのは、国際社会の経済制裁が北朝鮮にとって限界に近付きつつあるからだと見られています。
その後中国高官が北朝鮮を訪問し、3月下旬になんと金正恩総書記本人も中国を訪問しました。
また、近々アメリカのトランプ大統領と金正恩総書記の首脳会談を開催する合意がされました。
今後の北朝鮮と中国の関係がどうなっていくのか、急展開の可能性もあり、慎重な観察が必要です。
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